2006年10月24日

リボン・メッセージ・アクション 署名文の紹介(2)


大変おそくなりましたが、10/14に辺野古で他のリボンたちと一緒にしたメッセージの一部を、
やっと紹介させていただきます。
今すぐ全部アップするのは無理なのですが…



・自然を大切にしよう!ジュゴンはいやし系!
・ジュゴンは沖縄の宝!!
・ジュゴン知らねェの? byでぇちん
・タンスにゴンゴン海にジュゴン byヒデヨシ
・てぃーち・たーち・みーち・ゆーち・いちち・むーち・ななち・やーち…13、14、ジュゴン!! byちぃ
・ジュゴンと米軍どっちが大事? byヒデキ
・ジュゴン大切に byまりこ
・ジュゴンがいなけりゃ沖縄行かない!! byしえ
・LOVE ジュゴン
・ジュゴンゴン by とうまさとし
・ちゅらさん沖縄 かなさんジュゴン 大切に… きなまつしん
・ヘラクレスとコーカサスとしょうきとジュゴン かおり
・ジュゴンの海を大切に ゴツン 恵子
・沖縄・美海・ジュゴン・ゴーヤー・海ブドウ・大好 マークン
・届け!みんなの願い 母ゴン



今日はここまで…
またスペインから帰ったらアップしますね!



11/5(日)は柏マブイ祭りでお待ちしています。
もっともっと、メッセージリボンを長くしましょう♪
ジュゴングッズの販売も予定しています。
  

2006年10月16日

辺野古イベント、無事終了!

琉球新報が取材に来てくれました。
今日(10/15)の社会面(31)に写真入りで載りました!

皆さんが書いてくださったリボンは455mになりました。
繋げたらカラフルで綺麗でしたよ♪
詳しい報告はまた帰ってから書きますね。
応援してくださった皆さん、どうもありがとうございました!

  

2006年10月13日

10月13日の記事

私が10日に名護入りしてからも、毎日のようにメッセージ・リボンが届いています♪
リボンと戯れる鈴木宅の猫・チョンダラー(^-^)
私が夏に来た時には拾われたばかり、離乳もしてない、オシッコもウンチも自分で出来ない状態だった、
あの小さかったチョンがこんなに大きくなって…(T^T)
こんなにウーマクになって(^o^;作業の邪魔ばかりされています…
「猫の手も借りたい」という言葉の意味を思い知りました(爆)
100%役に立たないもの、それが猫の手…
しかしチョンの無心さには慰められています(^^)

昨日はBEEが名護入りしました!
BEEのお迎え準備が昨日のメインでした。
いつもお客さまをご案内しているとはいえ、
全てがきちんと手配されている中で日本人のお客さまだけを相手にしていた私にとって、
今回は大きな学びの機会になりました。

  

2006年10月10日

10/1414時〜@辺野古リボン・メッセージ・アクション

今日は名護市内の公共掲示板にチラシを貼って回りました。
ほとんど歩きだったので文字通り「足が棒」になりました…
沢山の人がイベントに来てくれたらいいのですが!

以下、チラシより内容紹介です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

★参加しませんか!
環境と平和をつなぐ
BEE&HOKUGEN リボン・メッセージ・アクション
日時:10月14日(土)
パート? ☆午後2時より辺野古ビーチにて
この夏2ヶ月をかけて自転車ツーリングのゴールとして、ジュゴンの生息地辺野古で7色のリボン・メッセージを虹のようにつなげ環境保護をアピール
パート? ☆午後5時半 キャンプ・シュワブ第1ゲート集合
第1ゲートから第2ゲートまでを、市民たちが7色のリボン・メッセージでつなぎ、平和をアピール。
日も暮れた頃にロウソクを灯し、サイレント・キャンドル

パート? ☆午後7時から8時半 「じゅごんの里」瀬嵩48(?0980−55−8587)
てミニ・コンサート
(出演 坂井満、仲本ツトム、やまじん)  

主催:北限のジュゴンを見守る会
共催:BEE JAPAN, ヘリ基地いらない二見以北十区の会
連絡先:090−8032−2564(鈴木)

*BEE(バイシクル・フォー・エブリワンズ・アース)は、北海道から沖縄まで日本縦断自転車ツアーをしながら環境メッセージを伝える国際色豊かなグル
ープです。
第9回目となる今回のツアーは「北限のジュゴンを見守る会」と
のコラボレーションを通して、沖縄のジュゴンと自然の保護を訴え、全国から寄せられたメッセージや募金を届けます。
(尚、この催しは、今年の11月末に予定されている米国唯一のジュゴンの研究者エレン・ハインズ博士の協力による「市民によるジュゴンの生息環境調
査」のためのプレイベントとして、「ジュゴン保護基金委員会」と「北限のジ ュゴンを見守る会」が準備したものです。)

  

2006年10月10日

10/1414時〜@辺野古リボン・メッセージ・アクション

今日は名護市内の公共掲示板にチラシを貼って回りました。
ほとんど歩きだったので文字通り「足が棒」になりました…
沢山の人がイベントに来てくれたらいいのですが!

以下、チラシより内容紹介です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

★参加しませんか!
環境と平和をつなぐ
BEE&HOKUGEN リボン・メッセージ・アクション
日時:10月14日(土)
パート? ☆午後2時より辺野古ビーチにて
この夏2ヶ月をかけて自転車ツーリングのゴールとして、ジュゴンの生息地辺野古で7色のリボン・メッセージを虹のようにつなげ環境保護をアピール
パート? ☆午後5時半 キャンプ・シュワブ第1ゲート集合
第1ゲートから第2ゲートまでを、市民たちが7色のリボン・メッセージでつなぎ、平和をアピール。
日も暮れた頃にロウソクを灯し、サイレント・キャンドル

パート? ☆午後7時から8時半 「じゅごんの里」瀬嵩48(?0980−55−8587)
てミニ・コンサート
(出演 坂井満、仲本ツトム、やまじん)  

主催:北限のジュゴンを見守る会
共催:BEE JAPAN, ヘリ基地いらない二見以北十区の会
連絡先:090−8032−2564(鈴木)

*BEE(バイシクル・フォー・エブリワンズ・アース)は、北海道から沖縄まで日本縦断自転車ツアーをしながら環境メッセージを伝える国際色豊かなグル
ープです。
第9回目となる今回のツアーは「北限のジュゴンを見守る会」と
のコラボレーションを通して、沖縄のジュゴンと自然の保護を訴え、全国から寄せられたメッセージや募金を届けます。
(尚、この催しは、今年の11月末に予定されている米国唯一のジュゴンの研究者エレン・ハインズ博士の協力による「市民によるジュゴンの生息環境調
査」のためのプレイベントとして、「ジュゴン保護基金委員会」と「北限のジ ュゴンを見守る会」が準備したものです。)

  

2006年10月10日

10/14 リボン・メッセージ・アクション in 辺野古



夏からリボンを集め始めて、ついに第一次ゴール!
沖縄のジュゴンを守りたい、沖縄の自然を守りたいとの多くの人のメッセージを集めたリボンが、
10/14 沖縄県名護市東海岸辺野古にて一つに集まります!
北海道から沖縄まで自転車でエコ活動をしながら数々の苦難を乗り越え旅してきた団体、
BEEを辺野古で迎えます。

当日、沖縄本島にいらっしゃる方は、ぜひ辺野古までクライマックスを見に来てください(^-^)
詳しいスケジュールなど決まりましたら、またアップする予定です。

リボンは、来年の2月まで引き続き集め、サンフランシスコにも持っていく予定です!
ご協力くださっている皆様、引き続き、どうぞよろしくお願いします。


私が集めた分のメッセージを、ここに全てアップしたいと思っているのですが…
今からやっていると寝坊して飛行機に遅れたら大変(;^_^A

早起きして、時間があればアップしますね。
書いてくださった皆さん、本当に心から感謝しています…(*^-^*)

  

2006年10月09日

………(^.^;

土・日は地元でお祭りでした。
けっこう大規模で、電車でわざわざやってきた人たちで賑わっていました。
まつりはいい!
地域経済も活性化されるし、日頃から愛好していた文化素養をみんなが発揮して楽しませあう素晴らしい機会。
「ハレとケ」なんて言葉も思い出してしまいました。
日常生活ってシンドイこと、飽々することばかりだけど、
たまにこうして祭りでハジケルことで、停滞していた魂をリフレッシュする、
だから充実して生きていける…
祭りは、みんなが生きる喜びを分かち合う、平和そのものの場です。

ピカソの有名な作品「ゲルニカ」は、スペインバスク地方ゲルニカの祭りの日に集まった人々がフランコ独裁政権に加担するドイツ軍に空爆された事件を描いたものです…
それがいかに非道なことか、地元の祭りを目の前にすると痛感されます。
生きる喜びの歌や踊り、人々の笑顔が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵に塗り変えられてしまう…

2才の女の子が風船を探していっしんに見上げていた秋晴れの空。
雲ひとつなく澄みきった青空。
その空から、もし戦闘機がやってきて、人々を「誤爆」したら?
「アクシデント」を起こしたら?
…ゾッとします…

祭りにはいろんな団体が参加して、パフォーマンスやら屋台やらフリーマーケットやらをやっていたのですが…
賑わいの中心から少し外れた小さな公園で
(とはいえ、いつもよりは人が集まっていました。
祭りの特売をしてるスーパーの前でしたから)
さりげなくやっていたのが、この「変身コーナー」

………(^.^;

そりゃあ、自衛隊の皆さんだって祭りは楽しみたいですよねぇ…
皆さんだって地域住民だから参加する権利はありますよねぇ…
厳しい集団生活や訓練に耐えて災害救助などで社会に貢献されている皆さんには、
職業プライドあることでしょう…
ユニフォームって、なんでもカッコイイですしね、
「変身」してみた子供は喜んだことでしょう。
アメリカでならよく見られる風景ですよねぇ、
祭りの場に制服の軍人さん。
アメリカでならね。

でも、私はイヤでした。
しかも、よりによってなんで迷彩服なんでしょうかね…
それは災害救助の時にも着るものなんですか??

憲法9条に抵触する自衛隊は、アメリカが日本に作らせたもの。
日本の「自衛」のためじゃなくて、米軍の戦略計画の構成要素です、もともと。
今はもっと露骨になってきています…
米軍再編成=米軍の世界戦略の中に自衛隊との「連携強化」があることは、
もはや「常識」のように認知され、「当然のように」広報・報道されている。

…ちょっと待った!話が違わないですか?
と言い出せない雰囲気作り、ジワジワと広がってきていると思います…
そりゃ、まだ「言論・思想の自由」は与えられている。
でも「いまどき軍隊持たないで国家を維持できるわけないじゃん、
日米安保なしで日本がやってけるわけないじゃん、
それに反対するなんて現実知らなすぎる、
お花畑もいいかげんに…(笑)」
そういうムードは確実に作り上げられていますねぇ…
「ひとが何と思おうが言おうが、私は納得できません」
こう言い続けることが「日本人」にとってどんなに困難なことか…うまいやり方ですよね…

地下鉄の駅構内には防衛庁の特大ポスター。
少し前には、新聞にも大きな宣伝記事出したらしいし…
「イラクでの任務を終えて地元住民に感謝されて無事に帰還しました」と。
これもねぇ、微妙……
イラクに派遣されていた自衛隊の皆さん、
そりゃ「復興支援」も多少はやられたことでしょうけど…
日本のオヤブンであるアメリカさんが片っ端から破壊した後片付けをやらされただけのこと、
自慢するようなことなんですかね?
「うちの暴れん坊将軍が『勘違い』して喧嘩を売って『誤爆』しまくりで、えらいすんませんなぁ〜 あっしらも家族からブーイングされてホントは来たくなかったのに、オヤブンがプレッシャーかけてくるもんで、まあしゃあないわ〜と来させてもらいましたわ… あっしらは乱暴したりしませんから、気持ちだけで悪いですけど、チョットだけ片付けさせてもらいまさ、ホント形だけですけどね、オヤブンへの義理も果たしたし、家族がうるさいんでもうそろそろ帰らせてもらいますわ」
って感じ?
少なくとも私は、自衛隊がサマワで具体的にどんな成果を上げたのか聞いた覚えないですが…
それを「どうだ!俺は偉大な仕事をしてきたんだ、尊敬しろ、俺に続け」ってことじゃないんですかね……
イメージだけ撒いて、中身が見えない。

日本がこれ以上戦争に巻き込まれないために、
現実的にいったいどうしたらいいのか…
武力放棄で平和を実現できるならスゴい、
それが一番素晴らしいと思うけど、
それを可能にする海千山千の政治家や外交官をまずは育成しないと。
現状では安保に頼らざるを得ない、
安保のせいでアメリカの犯罪に加担させられてテロのターゲットにされているリスクから逃れるためには、自分の軍隊を持てるように9条を改正すべき…
そういう考え方のほうが「現実的」に響くのは私にとっても同じ…(^.^;

でも、本当にそれが良いことなのかはわからない。
「軍事防衛」が本当に「防衛」で済むのか、
また新しい戦争に巻き込まれたり、もしかして日本がまた新しい戦争を起こしたり、が
本当にないのか。
いざ戦争となったら、まず下っぱの兵士から死んでいくし、
外国に攻撃されたら一般人の弱い人から犠牲になる。
子供や障害者や女性など…

そういうことを説明せず、あえて考えないようにソフトイメージを宣伝する。
物事の判断もまだ出来ない子供に軍服を着せて、
「なんだかかっこいい」と刷り込む。
そういうズルイやり方には警報を発するべきだと思います。
「いい話」は疑ってかかるようにしないと…そういう知恵を持って生活しないといけない時代ですね………

  

Posted by 亜衣 at 18:40Comments(0)TrackBack(0)うむい(思い)

2006年10月08日

ぬちぬちゅらさよ とこしえに 



子宮体癌とホルモンバランスの検査、きのう結果が出ました!
大丈夫、特に問題なし(^-^)v   よかった……
いままで本当に不摂生してきたし、ツアコンになってから健康診断も受けてませんでしたから…
14年も(;^_^A
いろいろ体の不調も出てきていて、これは何言われても驚かないぞ…と思ってましたが…
とりあえず、大丈夫だった!"ゞ(^o^ゝ)≡(/^_^)/"""
ありがとう、オバァ。ありがとう、お母さん。

健康の大切さ、無理やり保険に入らせてくれた母の先見の明、
子供を持つことについて自分の本心がどうであったのか…今回、色々勉強になりました!
なんせガン検診なんて初なものでビビりまくり、周りの人たちを騒がせてしまった…m(_ _)m

病院を出たら、今日は松戸まつりでした。
小学生のブラスバンドが元気に演奏しているのを見、聴いただけで涙が出ました。
生まれ変わったような…(おおげさな…)生きてるっていいなあ…
(写真は「松戸よさこい節」の皆さん)

子供ほしいかもと思った途端に子供との接点が。
今日、まつりでエイサーやったしっぽ♪さんの「具志川倶楽部」リーダーさんのお子さん(2才)を
演舞の間面倒見てと、突然連絡がありました。
「子供と接したことなんてないしどうしよ~出来るかな^^;」と心配したのも杞憂、
子供と一緒に見る世界の楽しさを教えてもらいました(*^-^*) 
初対面の人の子供さえ可愛いんだから、自分の子供だったらどんなに可愛いでしょうね~… 
まあ、自分がダメでも、妹の子でも甥姪の子供でも、
他人の子でもいいや(笑)子供は希望だ~みんなを幸せにしてくれるんだな~とわかったので^^
素晴らしい出会いに感謝です!



まっさおなそら~~~とおいけど てをのばしたら とどきそう

2歳児の目に映っている世界は、美しいものでした。
あんなに小さいのに、ちゃんと空を見ているんですねえ…
パパママのエイサーだけに集中できてない、とも言いますが(笑)
ずっと空を観察していて「ひこうき~」「ふうせん~」といちいち教えてくれました。
あんな小さいもん、よく見えてるなあ^^; スゴイ。野生動物なみの視力(笑)
私が携帯でエイサー撮っていたら、自分も撮りたがるので、ずいぶん撮ってもらいました。
空もよく映してました。雲ひとつない秋晴れの空でした。
こんなキレイな目にはキレイなものしか映してほしくないなと思いました…
これから、汚いものもイッパイ見てしまうと思うけど、
それでもその目のキレイさはずっとなくさないでほしいなあと思いました… 大人の責任ですね。



レンズの前に手をかぶせてシャッター押すと、こういうものが写ります。
子供の薄い手、薄い皮膚だから日に透けるのかもしれないけど…
キレイな色だなあ… これがイノチの色なんだなあ…

命どぅ宝(ぬちどぅたから) 命ぬ美しさよ(ぬちぬちゅらさよ) 
永久に(とこしえに) 憂ち世(うちゆ) 照らち給りよ(てらちたぼりよ)

……っと、即興ですが一句できました♪ 
にふぇーでーびる(^-^) Fちゃん&預けてくれた「具志川倶楽部」の皆さん。





  

Posted by 亜衣 at 09:54Comments(2)TrackBack(0)うむい(思い)

2006年10月08日

チバリヨ!世界のウチナーンチュ大会o(^-^)o♪



やるせないニュースが連日のなか、今日はこんな嬉しくなってしまうニュースも♪
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200610051700_06.html
ウチナーンチュが世界中で生き続け、うちなーのハートをいつまでも子孫に伝えていくことが出来るなら…
きっと、これからもだいじょうぶですね(^-^)
こういうやり方もあるんですよねえ… こういう「仕事」もあるんですね。
それで食えるかどうか知らないけど(;^_^A やってみたいなあ。

沖縄でやりたい仕事がまた出てきた…呼ばれてます?(笑)お呼びでない?^^;
本当に呼ばれてるなら、いつか、本当に「県民」になっちゃうのかもしれないですねえ…
時が来れば。
会話集買いますって言ったら、タダで大量に送ってくださるそうでm(_ _)m
ありがとうございます♪ 
無駄にしませんよ~ ペルーやスペイン行く時にでもお客さんに配りたいと思います。
ちゃんと団体の紹介もしますからね!

フレンズアブロードは国際(ヤマトも含め)交流の組織で、
沖縄に来る人・沖縄から行く人を支援する活動されているそうです。
58号沿い、浦添市の勢理客交差点の角、トヨタの向かい、海邦銀行のビルの3階だそうです。
平日9:20~18:00、土は10:00~16:00 日祝はやすみ。

従姉の親友が住んでいるすぐそばなんですねえ…今回、行けたら行きたいけど、どうかなあ…
「沖縄来る時はぜひ連絡して」言われてたしなあ…
本当に呼ばれてるなら行くことになるでしょう。本当に不思議だわ、沖縄の出会いって。

CDは、沖縄ハワイ協会さん電話に出てくれないので、FAX送ってみました。
「にふぇーでーびる」ぜひ聴きたいなあ♪
まだ連絡がないですが(;^_^A  問い合わせ殺到?
沖縄ではどこでも売っていて「とりあえず自分で探してちょ」ってことかな?
はーい^^ 名護でも売ってるといいんだけど^^;

名護の町おこしも、やってみたい仕事…
母が生まれたのは名護の中心、東江だそうです。
そうだったのか! 何度も通ってたのに知らなかった(笑)

「ツアコンだけじゃ生活できないよ これからは」
そう、上司にも言われたことだし… これは渡りに船なんですかね^^
やってみたいことは何でもやってみよう。
それを「仕事」にできないか?ということも、これからは考えながら…

私、子供の頃からの夢は「作家」なんですよねえ…
文章を書いて生活できればそれこそ素晴らしいんだけど…
私の文章は、まだまだ「チラシの裏」ひとりよがりの垂れ流しなので、
買っていただくに値するものを書けるようになる、
それも今後の目標です!
  

Posted by 亜衣 at 09:28Comments(0)TrackBack(0)沖縄発信!

2006年10月07日

「涙そうそう」300円OFF情報



あぁ…やられましたうわーん
わかってました…私、この映画は泣くと…ぐすん
しかし、まさか、公式HP見ただけで泣かされるとは思いませんでしたよ…;;
映画は、まだ観てません(爆)

「泣かせる」つくりになってはいるんでしょうけどね…
公式HPで、まず私を泣かせたのは、あまりに美しい沖縄の風景でした。
ひとめ見て、沖縄とわかる、もしかしたらありふれているかもしれない風景。
もしかしたら、みんなの心の中にしか、もう残っていないかもしれない風景…
沖縄。

私には、この映画のエピソードで思い出してしまう「兄ニィ」がいるんですよ…
ほとんど記憶にはなくて、母や親戚に聞いた話から「つくられた」思い出かもしれないけど…

幼い私を見て、「可愛ぐゎ~(可愛い子だなぁ~)」と言ってくれたという従兄。
母が若い頃、まだ沖縄にいた頃、とっても可愛がっていたという「Jちゃん」。
その頃の従兄や伯母さんの写真もうちにあります。
それが出てくるたびに、「小さい姉さん」の話。
とても優しい人だったと…きょうだいの中で一番、母を可愛がってくれたという「小さい姉さん」。

「小さい姉さん」は体が丈夫でなく、早くに後生(ぐそー あの世)の人となりました。
「Jちゃん」はそのあと、どんな人生を送っていたのか…
母はもうヤマトに出てきてしまっていて、こちらで生きるのに必死、
私たちを育てるのに必死だったから、目を離してしまっていたのでしょう…
私が最後に「J兄ちゃん」に会ったのは中1の時でした。
車を出してくれたっけ。
窓ガラスがスモークになっていて、母が
「若い人はこういうのがカッコいいと思うのねー」とコメントしたのを覚えています。
J兄ちゃんそのひとは、とても静かで、シャイで、無口で…
クルクルしたくせっ毛がちょっと伸びていたなあ…
痩せて背が高い人(当時の私が小さかっただけかも)でした。
あんまり、いや全然、「お話」をした記憶がないんだけど…
「優しい人だ、私たちを思ってくれている」のは、子供ながら感じていました。

そんな「J兄ちゃん」が亡くなったと聞いたのは、いつだったのか…
母はずいぶんショックを受けたでしょうに、私が覚えていないのは何故なんでしょう…
私は私で、生きるのに必死で、それに「死」というものがピンとこなくて、
聞いたけどそのまま忘れてしまったのかもしれない…
自殺だったそうです、J兄ちゃん。

なんで……?
今になってやっと、その原因が気になります…
母がきょうだいにリサーチしたところによると、失恋のため、と。
しかし、失恋だけで死んでしまうってことは、めったにない。
失恋はきっかけにすぎなかったんだろうと私は思います。

この話、沖縄では誰にも聞けません…
みんな、胸を痛めている、責任を感じていると思うから、
私がその傷に手を触れることはできない。
でも、今でも生きているかのように話題にするのは、
生前のJ兄ちゃんととても仲良しだったというM兄ちゃん。
仲良かっただけに、その死でどんなに悲しみ、「なんで助けられなかったか」と苦しんだでしょう…
「Jちゃんが死んでからは(住んでいた)本家に行く気がしない」
という言葉で、今でも傷は癒えていないのだろうと思いました。
発見したのはM兄ちゃんだったそうですし…

「小さい姉さん」の伯母さんが生きていたら、J兄ちゃんは死ぬことまでしなかったかもしれない。
J兄ちゃんには妹がいて、今でもやんばるで子供を沢山つくって元気に暮らしています。
I姉ちゃんだって、「どうして…私を置いて死んでしまったの兄ニィ」と悲しんだでしょうし、
今でもつらいでしょうけれど… 

沖縄戦で亡くなった人は私の近い親戚には幸い、いなかった。
みんな、うまく生き延びることができ、その子供たちも成長した。
でも、戦争をきっかけにした「生き別れ」はオジィだし
(戦争がなければ、母はペルーで生まれ育ち、2世となっていたでしょう)
戦後の貧しさがなければ、体の弱かった「小さい姉さん」伯母さんは死なずにすんだかもしれない。
伯母さんが生きていれば…母も沖縄と疎遠にならず、こちらでももっと安心して生きられたでしょう。
私や妹も、もっと頻繁に沖縄に行けて、いとこ達との思い出を共有できたはず。
J兄ちゃんだって死なずにすんだはず…

「親しい人の死」は、これだけ、周りに影響を与えます…
だから、つらいことがあっても、生きていなければいけない…
いつまでも周りが胸を痛め、なのに誰にも言えない、そんな死に方はしてはいけない。
天寿を全うし、周りの愛に包まれて、
「幸せな人生だったよ、みんなありがとう、泣かないで、また会えるよ」
そういう安らかな終わり方をしてもらわなければ…

映画「涙そうそう」の兄ニィの死は、たぶん、そうなんじゃないか…
カオルにとっては「心残り」のある別れになってしまったのか…
いや、「心残り」のない別れなんて、ないんですよね。
「もっとああしたかった、こうしたかったのに」が必ず、ある…
だから、生きて会える今を、大切に大切にしないといけない…
みんな、いつまでも生きているわけじゃないのですから。
離れている間に、なにがあるか、わからないのですから……

うわーんみんな、幸せでいてよ…

J兄ちゃんがもし、ぐそーから私の涙を見たら、なんて言うか…
何も言わないで、とまどって、照れて、苦笑してるんじゃないかな(笑)
「そんな、泣くほどのことか 大丈夫大丈夫」って。
「亜衣ちゃんの小さい頃のことは覚えているさ、可愛い子だったよ」って。
それをね、生の声で聴くことはできないんですよ…
いつか、私もぐそーに行ったら、みんなに会えるかなあ…
オバァ、オジィ、「小さい姉さん」の伯母さん、J兄ちゃん、
遠い昔、琉球の王様に仕えていた、ご先祖さまたち。
きっと会えるでしょうね… 今でも「がんばれよ 見てるよ」って語りかけてくれてるんでしょうね…
だから、私はがんばって生きます。





おっと。涙して忘れていた(笑)
「涙そうそう」300円OFF情報がメールで来たので、コピペします。
千葉県北西部の「津田沼」に近い人じゃないと役に立たない情報だけど…m(_ _)m
まあ、たった300円どうってことないので、皆さん「涙そうそう」観ましょうね…
いま、大切な人と、素晴らしい人生を共有するために。

【A館3F】特設会場 沖縄セレクトショップ『MAX』
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  沖縄の伝統的なテキスタイルデザイント今の流行を融合させた斬新かつ
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   ※各日先着100名様・お一人様1枚までとさせていただきます。

  ⇒さらに、B館6F 「テアトルシネパーク」にて
   上映中の映画「涙そうそう」が300円割引に!
   
    津田沼パルコ  〒274-0825 千葉県船橋市前原西2-18-1
 TEL.047-478-5555(営 業 時 間:10:00~21:00)
         (6F レストラン:11:00~23:30)
         (地 下 駐 車 場:10:00~23:30)

     
  

Posted by 亜衣 at 02:27Comments(3)TrackBack(1)沖縄発信!

2006年10月06日

パトリオット配備に思う…「LOVE&PEACE!!」



沖縄タイムス夕刊(無断で写真まで貼ってしまって、すみません)

こんなに反対しても、民の声はまったく反映されず…
民の声だけじゃない、市長さん・村長さんたちも公式に抗議しているのに…!
パトリオット/首長7割「配備反対」



夜中に部品がこっそり、沖縄に到着。


白昼、堂々と陸揚げ…フェンス越しに「やめて」と訴える民の声を無視して…


翌日、トラック40数台を連ねて搬送。たしか日中に。
「行軍」前に緊迫感/生活脅かす「兵器大移送」
ものものしい軍用車両が地元の道路をそんなにたくさん、次から次へと通っていくなんて、
ごめんなさい、こちらでは想像もできないし、ツアーで行く外国でも見たことがありません。
ツアーで行けるのは「安全」なところだけだから。
今回も、沖縄を訪れる観光客の目には触れないように行われたのでしょうか?
さすがに、レンタカーで走り回る観光客の目まで遮断は出来なかったでしょうが…
…58号?
もう、あからさまですね…
沖縄本島西海岸沿いに北上していく、海のドライブウェイですよ?
リゾートホテルに向かう観光客も、万座毛に向かうツアーバスも嫌でも目にします。
沖縄の観光産業に大打撃じゃないか!
知らないより知ってもらったほうがいい、とはいえ…
高いお金を払って癒されに訪れた沖縄でそんなもん見せられて、観光客はたまったもんじゃない。
「沖縄って怖いところだね、来なきゃよかった」
バスの中でそんなムードが漂ったら、私がガイドやドライバーだったら…泣くよ…
お客さんの前で泣いたりなんて、ふだんは絶対にしないけど…



米軍車42台で国道搬送/パトリオット装備 あす未明も継続

闇夜突く「大行軍」/市民、警備の薄さに驚きも
米パトリオット 装備品、嘉手納に搬入

米総領事「なぜ騒ぐ」/沖縄市長強く抗議

パトリオット搬送/連夜の「大行軍」62台
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200610041700_01.html
そして今日の報道…パトリオットくるな/天願桟橋前で市民抗議

うるま市か…… うるま市にも大切な人たちが住んでいます。
やりきれない思いでしょうか?
もう何も期待していないから、「またか」「やっぱり来たか」だけでしょうか?

パトリオットが強引に配備されてしまうことについて、こちらの友達と話しました。
リボンにメッセージを書いてくれ、いつも私を応援してくれている人なのですが…

「うーん……まあ、しょうがないだろうなあ…
 米軍基地がある以上、米軍の計画通りになるだろうなあ…
 こっちの米軍基地にもパトリオットはあるはずだよ、入間とか」

そうだったのかあ… それでも「しょうがない」なんて思えませんが…

「どうして、米軍基地返還や縮小を求める声は、沖縄からしか聞こえてこないんだろ?」
「そうだな~、たぶん、あんまり気にしてないんだろうなあ…
 そりゃあ、ないほうがいいけど、あるのはしょうがないって思って、
 それなりに暮らしているんじゃないのかな」

「だからって、”しょうがない”って黙って泣き寝入りすることはないよね?
 言うだけのことは言わないと、もっともっと、好き勝手にやられちゃうよね?」
「そうだね。言う権利は与えられているから、言ったらいいんじゃない?」
「言わないよりはいいはずだよね。
 すぐ返還や縮小にならなくたって、少しは歯止めになるよね?」
「そういうことだなあ…」

交渉術の話になっていくんでしょうが…
10の要求をするんだけど、相手が10の全部をいきなり飲むとは限らない、
でも1だけでも飲んでもらえれば、要求した甲斐はある。
そして、最初から1の要求をするより、
「これは1/10にすぎないんですよ?」と言ったほうが、相手も断りにくくなる。
喧嘩腰でなく、敵だろうが相手を認め、ある程度尊重した上で、
相手にもこちらを認めさせ、尊重させ、交渉のテーブルにつかせる。
そういうことかもしれないですね。

沖縄にも、日本にも…
駆け引き上手な、海千山千の、本当の政治家がもっともっと出てきてほしい!
力のない国は脳みその中身で勝負するしかないんです。

日本人は頭がいい、と世界中で思われていたはず。
外国人が作り上げたものをすぐコピーして改良して儲けて「ズルイ」って言われながらも、
日本はそうやって発展してきた。
日本人は勤勉で誠実、心が優しく人当たりがやわらかい、礼儀正しい、とも思われていたはず。
気が弱くてなめられた反面、そんな心の美しさを評価もされてきた。
「日本と日本人が大好き」と言って、日本の研究をしたり、
日本に移住してきて伝統文化を継承したりしている外国人だって少なくない。
日本がかつて侵略し、いまでも「仮想敵国」扱いしている国の人たちだって、
「日本という国家は嫌いだけど、日本人は好き」と言っています。

目に見えないもので勝負するしかないんです、私たちは。
もはやたいして金持ちじゃないし、資源もない、自分の軍隊もない、
国際社会での発言力・影響力だって、「アメリカの子分」という肩書きをはずしたら、
ないに等しい。
だったら、見栄はらないで、地道に「アタマのよさ」「人格の素晴らしさ」をウリにしていくしかない。
「日本の人たちがつらい思いをして変えられていくなんて、嫌だ!」
と外国人たちが胸を痛める…
「ふふふ、よく考えてうまく立ち回ってるじゃないか、ジャパニーズは…
 たいしたもんだな、がんばれよ」
と、一目置かれる…
私たちが目指すのは、そういうことでしょう。
そのつもりで、日々じぶんを磨いて生活し、若者や子供たちを愛情こめて育てていくこと…

沖縄の伯父さんが
「仕事もいいが!子供つくらんのなら話にならん。子供つくらんのならもう来んでいい」
「このままでは日本人いなくなるよ!」
そこまで言った理由… 深読みしすぎかもしれないけど、たぶん、そういうこと。
こんな時代だからこそ、子供を作らないといけないのかもしれないですね、伯父さん。

こちらにいる伯母さんは、
「子供はつくりなさい、必ず2人はつくりなさい、そうでないと年取ってからさみしいよ」
と言ってくれた。
どんなに苦労したって、子供がいることは幸せ。
伯母さんはそう言いたいんだと思った…
「まだまだ遅くなんかないよ、R姉ちゃんだってまだあきらめてないよ、
 亜衣ちゃんはいとこたちの中で一番若い世代なんだから期待してるんだよ」って。

最近、父とも和解して…
あんなに「もう関係ない人、他人」って思っていたのに、
25年もまともに顔も合わせないで、和解するなら沢山話し合わないといけないと思ってたのに、
会えば言わなくてもお互いの気持ちがわかってしまった。
これが親子というものなんだなと…
親が子供に伝えることって、本当に限りなくストレートに伝わるものなんだなと…

今年でもう38ですよ… 
この年齢になるまで、なんで子供つくらないといけないのか全然理解できなかった。
結婚も出産育児も、ネガティブにしか捉えられなかった。
できちゃったから、しかたなく生んで、しかたなく育てるのかと思ってた。
自分が最前線で頑張り続けるのに疲れた人が「逃げ」で結婚したがり、
子供に自分の後悔を押し付けるんだと思ってた。
私はそうじゃない、一生、自分を充実させることに賭けるんだと思ってた…
ひとりで、自由に。

ひとりで出来ることなんて限りがあるということ…
自分もいつまでも若くて元気で死なないわけじゃないということ…
それを知らなくて、いままでひとりで「下手の考え休むに似たり」してたり、
なんにもする気力わかなくてゾンビみたいにだらだら生活してたり……
とっても損してた! 間違った頑張り方してた!

「負け犬」なんてネーミングされて、既婚者や子供いる同性に反感持たされていた。
自分を正当化するために、相手に偏見を持って、自分をガードするしかなかった。
「旦那を朝から晩まで体こわすくらい働かせて、自分はのうのうと生活して子供つくれるくせに、
 妊婦でござい、母でござい、優先されてアタリマエでしょ
 道あけろ 席あけろ うるさくても顔をしかめるな って女王様気取りの態度はなんだ。
 ラクしたくて、結婚に逃げたくせに。
 『幸せにしてね♪』なんて、よくそんな図々しいこと言えるよね。
 家事も育児も手抜きして、自分だけ遊んでてヒマで不倫したりして、
 旦那さんをちゃんと愛してあげても、大切にしてあげたりもしていないくせに、
 あんた達、いったいナニサマ?」
……そんなヒドイことを、胸のうちで思っていたんですよ…ごめんなさい…
なんにもわかってない、ニータサーだらけのガキでした、私は…m(_ _)m
「勝ち組」の同性たちが「負け組み」を哀れみ嘲笑していると思い込んでいたのも、
よく考えたらカンチガイでした…(;^_^A
被害妄想もいいとこだわ(爆)
私も、作らなくていい「敵」を勝手に作っていたんだなあ……申し訳ない、恥ずかしいことです…

したたかに外交して国の利益と国民の幸せを守っていけるリーダーを生むために、
教育ほど大事なものはありません。
ペルーの日系2世のガイドさんも
「1世はとても苦労をしたから、子供たちはもっと有意義に生きられるようにと願い、
 苦しい生活の中でも教育にだけはお金を惜しまなかった。
 日系人の社会的地位を上げるために、誠実で確実な仕事をすることを心がけた」
と言っていました。
学校だけでなく、家庭での教育ほど大切なものはない……
何故、勉強をしなければいけないのか。
何故、「他人」に思いやりを持ち、仲良くしなければならないのか。
それさえ家庭で教えれば、あとは子供は勝手に必要な栄養分を吸収して育って行くはず…

パトリオット配備ニュースで憤ったところから、話がずいぶん飛躍しました(;^_^A
たぶんね、危機感でやっと、本能がマトモに動き始めたんだと思います。
いままで生きてきて心に貯めていた「なぜ?」「こんな世の中おかしい」が、
ここでやっと、解明のキーに行き当たったんだと思います。

今から子供つくって育てるとなると……
ヒャー(;^_^A  すっごい、大変……
生活基盤もないし、仕事も今までほどできなくなるし…
私はここまで成長するために38年かかってる。
今から生んで育てて38年とすると、私は76才です。
私の残り時間のほとんどを子供のために費やすことになる。

たぶん、「健康な子供を生むための体の環境づくり」から始めないといけないし…
「この人の子供なら生みたい」と思える相手を見つけないといけないし…
「結婚」という制度そのものにはそんなにこだわっていないけど、
たぶん、普通に結婚しといたほうが色々やりやすいだろうから、
結婚となると色んな要素がからんできて、そう簡単ではない……
仕事も、沖縄の活動も全然やめる気ないし、
旦那と子供のためだけに生きる気もない…
大事に大事にしたいと思いつつ、それは個人的動機よりも社会的動機が先だから、
さみしい思いさせてしまうかもしれない…
それでも喧嘩なんかしたくないから、理解してもらえる相手じゃないと。

ある程度安定した収入があり…
いや、今から生むとなると障害児になってしまうかもしれない、
私も年とって案外長持ちしないかもしれないから、
子供が生きていくのに困らないくらいの収入があったほうがいい…
私より若くて、心身ともに健康でたくましくて、
私を「俺のアシスタント」じゃなく、「支えあう相棒」と思ってくれて…
どんなに苦労しても、前向きに考えて、日々を笑って生きられる人…

そんないい男が余っているわけ、ないですかね?(笑)
普通はそう考えるんでしょうけど…
「わかんないさー♪」って気がしますよ(^^)
今までターゲットに入れてなかったけど、私には外国人との出会いもあるし(爆)
いま、気付いたってことは、これもオバァの采配だろうから
「できるよー♪ チバリヨー♪」と祝福されている気がするんですよねえ…

なんとなく、沖縄の血を濃くしてみたい気がするので、
うちなんちゅ>日本人>日本に近いアジア人>アジア人全般>宗教上の縛りが少ない有色人種
>リベラルな白人
この順番でしょうかね~(笑) こっそり値踏みするとして(爆) コワッ…^^;
国際結婚は大変ですよ……^^; 無謀だなあ私…
海外の沖縄系の人とか、いいかもですね(笑)
おりしも今年は「世界のウチナーンチュ大会」だし…今日ブラジルからの人たちが着いたんですよね…
来週から沖縄行くし、運命の出会いっていうやつはほんと、不思議なもんだから。
絶対にない!(爆)とは言えないでしょう?(笑)

つらいニュースを見ても
「なにくそぉ、負けないぞ、生きていってやる、愛する人たちを守ってやる 子孫も増やしてやる」
これが、民族の生存本能ってやつなんですかねぇ……
ぬるま湯で居眠りしながら一生を終えるより、案外、幸せかもね(笑)

ってことで…
「我こそは」という奇特な方がいらしたら、ご連絡を(笑)
私も「エー…… 勘弁してください…(泣」と言われないように、
遅まきながら女を磨きたいと思いますので…m(_ _;)m

こんなニュースが続くと、それは鬱になったり、DVや犯罪や成人式での大暴れに走りたくなったりするでしょうよ…
北谷で中学生の男の子がいじめで殺された事件の時、ある掲示板で
「沖縄では命が軽いから」という発言を目にして気になっていました…いま謎が解けた。
「命どぅ宝」を理想としながら、実際は命が踏みつけにされている現実…

ヤマトでも男性の心と体が悲鳴をあげていることを日々感じますが、
沖縄の男性はもっとやりきれなくて、無力な自分を責めたり無気力になったり、
自棄になったり…していても、おかしくない。
「自分が愛する故郷を、女たち子供たちを守らなければならないのに、守りきれるだろうか…」
「自分だって恐ろしい、助けてほしい…」と…
沖縄に暮らしながら、淡々と普通に、穏やかに生活できているほうがスゴイ精神力だと思う…
なのに、大多数がなんだかんだ言って笑いながら生きてもいたりすること、
それが沖縄のものすごいところだと思いますねえ…
キレイ事だけではないけど、まだまだ、生活の中に「愛」があふれているから、
みんな、もちこたえているんじゃないかと思います…

女は、男に守ってもらうだけじゃない。
男が頑張れるのは、女が愛と信頼をめいっぱい注いで、パワーを与えるから。
男が簡単に病気になったり死んだりしないように、女も男を守ってあげないといけない。
夫婦・カップルに限った話ではないですよ…
肉親間でも、異性から貰う愛情っていうのはまた格別なんです。
友達だって、同僚だって、そばにいる人にしてあげられることはあるはず。

あきらめなくていい。出来ることはある。そこからジワジワと変わっていく。
自分が変わるだけで、周りが自然と変わっていく。
人と人を通じて、ジワジワと希望が伝わっていく。
希望があれば、まだまだいける!



「LOVE & PEACE」
使い古されて陳腐になってしまったような気がしていたこの言葉の意味を、
最近、噛み締めています……
ほんとにもう、そろそろ、過去から学習しないと!!




 

  

Posted by 亜衣 at 12:34Comments(0)TrackBack(0)うむい(思い)

2006年10月02日

ファミリー居酒屋ゆきの@名護バスターミナル



名護バスターミナル近く、ホテル「ゆがふいん」裏。
地元の人にも、合宿の野球選手にも、「ゆがふいん」のお客さんにも人気で、
いつも賑わっています。
棚には三線やカラカラが飾られ、ムードもいいです。
そしてなにより、
安い!美味しい!量たっぷり!定食はドリンクバー付!

名護はこんなに「よそに勝てぃよ(他のところより、いいよ!)」なのです(^^)
行くしかないですよ~♪
観光のお客さんが増えることは名護市を潤わせ、基地なんか誘致しなくて済むようになります。
ここを見てくださる皆さん、お願いですからm(_ _)m
「美ら海水族館」に行く時には、名護市の中心にも足を運んでみてください…

できれば、名護市東海岸地域もよろしく(^-^)  

Posted by 亜衣 at 23:22Comments(0)TrackBack(0)沖縄発信!

2006年10月02日

出来たてオリオンビールが呑める!タダで

先ほどのアンケート、次は「オリオンビール名護工場」です!


名護中心のメインストリートの端、名所・ひんぷんガジュマルの近くです。
バスだと停留所は「名護十字路」だったと思います。
ななめ向かいには名護博物館やスーパーマーケット「サンエー」があって便利♪
順番としては、
お昼前後にひんぷんガジュマル到着、写真撮りましょうね→
名護博物館で沖縄の生活文化、自然、歴史を知りましょうね。
謎の沖縄伝統行事も、これでバッチリ!
どこも必見ですが、特に、2階のジュゴン・ヤンバルクイナに会ってくるのをお忘れなく。→
へ~。おもしろかったねえ。知らなかったねえ…
さあ次は、オリオンビール名護工場へGO!(人数限定・予約ベター)→
早めに着いてロビーでオリオンビCM集のビデオをチェック。
いかに愛されて作られているビールかわかりますよ。
BEGINの「オジイ自慢のオリオンビール」など、テーマソングもよく聴いてみてねぇ♪→
かりゆしウェアのネーネーの案内で工場見学。
ビールの原料、廃材リサイクル、醸造方法がよくわかる!→
ん~、またまた勉強になったねえ。そろそろ呑めるのかなワクワク…
そう!いよいよ、お楽しみの試飲!
引換券を小ビールかソフトドリンク+ビアナッツと交換、テーブルについて…
    ”アリ、かんぱーい!” *^0^*)人(*^-^*
おみやげ売店もありますよ。→
休憩して元気が出たら、お近くのスーパー「サンエー」にも行ってみましょうね。
沖縄独特の野菜、果物、線香(平香)、泡盛(種類・サイズ豊富)、
島ゾーリ、かりゆしウェア、日焼け止め、サングラス、
沖縄滞在中の必需品からお土産になるものまで、色々!
セルフサービスレストランも沖縄メニューあるかもよ?           

(ここから、名護博物館と同じです)
 名護市中心は、那覇から「美ら海水族館」に行く時の通り道なのに、
行く度に寂れていく印象なのが気がかりです…
もったいないので、旅行者はぜひスケジュールに含めるべき。
他には日本一開花の早い桜・ヒカンザクラの名所、名護城(なんぐすく)もありますし。
名護市は沖縄の歴史の中でも重要な位置を占めているし、
沖縄戦で那覇や首里から逃れた人々をあたたかく迎えたエピソードは
「二見情歌」という哀しく美しい島唄に残されています。

「戦世の哀り(戦争の時代の哀しみ、悲劇)」という歌詞を残してくれた先人のメッセージを、
平和を求める私たちは真摯に受け止めなければならないと思います…
そのためにも、名護市は平和教育の修学旅行でぜひ訪れてほしいところです。
沖縄の昔から現在の流れを見ることのできる象徴的な場所ですので、
観光旅行者も、もっと気軽に立ち寄り、
「リゾートだけではない沖縄」からの平和のための知恵をお土産にしてほしいと思います。

気になったところ・おしいところは?
無料なんだから文句なし!その割にいい内容だと思います。
オリオンのファン、沢山つくりましょう!
  

Posted by 亜衣 at 23:07Comments(2)TrackBack(0)沖縄発信!

2006年10月02日

GO♪ 名護博物館 バリおすすめ(^^)

名護博物館については夏に書いたことがありますが、あらためて。
そろそろ、桜の開花をピークに盛り上げて行くべき「Go♪Go♪名護」キャンペーンを始めないと!
キャンペーンったって、私ひとりですが(笑)

あるアンケートに回答したのをきっかけに思い出しました。加筆して貼り付けます。


ナゴハクブツカン
名護博物館
沖縄県名護市東江1-8-11

投稿者情報 性別 女性 年齢層 30歳~39歳 居住地 千葉県 既婚未婚 未婚
職業 会社員 利用情報 利用時期 2006年 夏
同伴者 友人・知人 利用人数 2人
利用交通機関 バス
一人当たりの料金帯 500円以下
あなたの評価・クチコミ 評価 総合評価 とても満足した(5点)
設備 とても満足した(5点)
雰囲気 とても満足した(5点)
周囲の環境・アクセス とても満足した(5点)

オススメポイント 雰囲気-静かでゆったりとできる
クチコミの内容
名護中心のメインストリートの端、名所・ひんぷんガジュマルの近くです。
バスだと停留所は「名護十字路」だったと思います。
ななめ向かいにはオリオンビールの工場もあり、両方を楽しむことができます。
近くには沖縄スーパー「サンエー東江店」があり、セルフのレストランがあるので、ランチにどうぞ。
沖縄ならでは、の商品が見つかるかも? かりゆしウェアも土産店より安いはず。
クーラーがんがんで涼しいし(笑) (エアコン使いすぎには注意…地球温暖化が…)

博物館そのものはそう大きくなく2階建てですが、
名護市の歴史や偉人について、産業について、(特に漁業について)
写真やわかりやすい説明で学ぶことができます。

2階には、国際保護動物ジュゴン
(絶滅危惧種:特にいま辺野古への米軍基地移設問題で話題となっている)
の骨格標本や剥製、ヤンバルクイナの剥製があり、必見です。

一階は、名護市というより、沖縄文化全体に共通する生活文化の展示があります。
沖縄の冠婚葬祭や生活道具の展示は、とても面白いです!
壁にかけられている、少し昔の沖縄の人々の写真も感動的でした。
(いつごろのものなのか…聞き漏らしたのが残念…)
美しい笑顔や家族が寄り添って安らかに生きる幸せなど、
沖縄の人々の魅力をものがたる写真の数々です。

隣には小学校があり、子供たちの自由研究のクラブも博物館に設けられていて、
地域文化教育・自分で考える教育の良いモデルとなっています。

名護市中心は、那覇から「美ら海水族館」に行く時の通り道なのに、
行く度に寂れていく印象なのが気がかりです…
もったいないので、旅行者はぜひスケジュールに含めるべき!!

他には日本一開花の早い桜・ヒカンザクラの名所、名護城(なんぐすく)もありますし。
名護市は沖縄の歴史の中でも重要な位置を占めているし、
沖縄戦で那覇や首里から逃れた人々をあたたかく迎えたエピソードは
「二見情歌」という哀しく美しい島唄に残されています。
「戦世の哀り(戦争の時代の哀しみ、悲劇)」という歌詞を残してくれた先人のメッセージを、
平和を求める私たちは真摯に受け止めなければならないと思います…
そのためにも、名護市は平和教育の修学旅行でぜひ訪れてほしいところです。
沖縄の昔から現在の流れを見ることのできる象徴的な場所ですので、
観光旅行者も、もっと気軽に立ち寄り、「リゾートだけではない沖縄」からの
平和のための知恵をお土産にしてほしいと思います。
名護市は、北部振興費をこういった県民・市民・旅行者全体に寄与する設備の充実に使ってほしいです。
たいして利用者もいない「箱モノ」建設事業は、一時的な雇用は生むでしょうが、
根本的な解決になりません。醜い廃墟になるだけです。
そのために失われる自然環境こそ宝なのに、本末転倒なことはしないほうがいい。
これからの名護市のセールスポイントは「エコ教育」です。
私の母の故郷であり、私の心の故郷でもある名護市さん、応援していますから頑張ってください!

気になったところ・おしいところ
丁寧に見ていくと、けっこう時間がかかるので、館内に休憩用の椅子があると良いです。
あと数人の人手を雇用できるなら、各階に数人づつ学芸員さんを配置し、
見逃さないでほしいポイントを伝えたり、質問に答えたりできるようにすると良いです。
小学生のクラブ活動でやってもいいですね。
旅行者は地元の子供と触れ合う機会を、子供たちは「お仕事体験」「よそから来た人たちとの触れ合い」
が出来る、両者にとってプラスになる案です。
給与は顧問の先生が管理し、参加クラブの活動費(みんなで遠足に行くなど)にすればいいのでは。
または、仕事をリタイアして時間にゆとりのある、おじい・おばあをシルバースタッフとして雇用、
またはボランティアとして協力をお願いするのも、とてもよいことだと思います。
沖縄戦や復帰前後を経験してきた世代の「語り」そのものが貴重な無形文化財です。
沖縄戦や平和をテーマとしなくても、彼らの話す言葉や内容の重みは、
他の世代や日本人には決してまねの出来ない遺産です。

ズバリ!この施設・物件は・・・ イチ押し!

  

Posted by 亜衣 at 22:15Comments(0)TrackBack(0)沖縄発信!

2006年10月02日

ウートートー…! うーとーとー…!




おばあ。お願いします。
私たちをたすけて…
幸せになるために生まれてきたと、まだ信じていていいですよね?
自由も、力も、お金も、寿命も、子供の頃に思っていたより、
ずっとずっと、限られたものだったみたいです…
でも、その限界の中で、枠いっぱいに幸せになればいい。
そうですよね?
それはできることですよね? 
人生にどんなことが起こるとしても、生まれてきたこと、いま生きていること。
これからも生きていけることは素晴らしい…
命を与えてくださったことを感謝し、いただいた命と人生を大切にし、
地に足をつけて、まじめに、誠実に、魂は決して汚さずに、でも思慮深くかしこく行動して、
ゆく道のりが多少デコボコであるとしても、
自分で這い上がれないような深い穴には、絶対に落ちない。
自分や、周りの人を不幸になんかしない。
みんなで一緒に幸せになる。
そういう生き方を実現するために、これから、うんと努力するって約束します……



だから、助けてください…
私と、私の大切な人たちを、守ってください。
生き延びられる道はどっちか、導いてください。
いつも見ていてください。



大丈夫!
私は、おばあの孫だから。お母さんの娘だから。
私はおばあのおかげで、かなり強運人生だよね、いままでも。
危なっかしいことを沢山やらかしてきたけど、
いつもいつも、ギリギリすれすれのところで、なんとかなっている。



ペルーのバス事故の瞬間、もし、座っていなかったら…
お客さんに呼ばれるか、なんか話したくて立ち上がって、通路の、前のほうに立ってたら…
それは仕事として、常にあり得ることだけど…
その時にそういう立ち位置にいたら、一瞬でグソーデビューだったはず…
でも、座ってた。

衝突の直前、たまたま、すぐ後ろのお客さんに話しかけられて振り向いたから、
頭や胸を強打したりもしないで、通路に転げ落ちて、左膝を打ち身にしただけで済んだ。
その場の処理業務も出来る程度の怪我で済み、その後の仕事を中断もしないで、
事故の危険の学習、事故の際の対処ハウツーの経験を得て、成長できた。
お客さんも、ガイドも、ドライバーも、怪我は多少あったけれど、全員無事だった…

ダマスカスで銃撃戦があった時にたまたますぐそばのホテルにチェックインってこともあったね…
あの時だって、到着がもう少し遅れていたら、なにかあったかもしれない…
でも、なかった。大丈夫だった。夕飯が遅れただけですんだ…


アンマンのホテルが連続爆破された時は、そこに行ってなかった。
今回のイスラエルのレバノン侵攻では、
ツアーで通ったベイルート~ダマスカスの道路もやられたけど、
世界遺産のバールベックも、首都ベイルート周辺もやられたけど…
私はそのずいぶん前に、現地旅行社の駐在員を激怒させるという滅多にないことをやったせいで、
あんなにしょっちゅう行っていた中東のツアーから外されていた。



ベイルート空港が爆破された翌日のツアーにアサインされていたのは私の同僚でしたが、
ほんと、気の毒でした… そんな時でさえ、決まった仕事を断ることはできない……
もっともっと前、ツアコンになって間もない頃、
エジプト・ルクソールで日本人のツアー客と添乗員がテロに巻き込まれて死んだ事件があった…
あれは私が仕事をいつも貰っていた旅行会社でした…
私もその頃は、時々エジプトの仕事があった。
私があのツアーに行っていて、死んだのが私だったというのも、あり得た。



思い出せる「間一髪のタイミングで助かった」はそのくらいだけど、
うかつな私のことだから、自分ではわかってない危機を知らない間に避けられていたこと、
たぶん、あったと思う……
ほんと、仕事面でも、プライベート面でも、まぬけなくらい無防備に心のままに生きてきて、
こんなにセーフであるとは……
守られてるとしか言いようがない。

うん。そういえば、ハタチの頃に2ヶ月くらい、ケニアでバックパッカー旅をした時も、
安全面の注意なんかほとんどしてなかった…
でも、「いい思い出」になるハプニングはあっても、悔やんでも悔やみきれないような事故はなし。
母へのハガキに「私は自分の強運を信じてます」って書いたのを覚えてる。
信じること、自信をもって堂々と動くことは、いちばん自分を守るのかも…




大きな病気もしたことがないし。
年齢の割りに、災難に遭遇していない人生だと思う。
特別、健康管理にも、災害への備えも、してたわけじゃないのに。
やっぱり、守られている。そうとしかおもえない。

そして、私の周りの人って、なぜかみんな、大きな不幸に遭わない…
運が上向いたりもする。
これは、小学生の頃から、なんとなく思ってた。
私と席が隣になって、私が内心だけでも親しみ感じた子が、クラスで人気あがったりするな、って。
大人になってからは、色んなトラブル(借金とか、難病とか)で
「もうだめだ、死ぬかもしれない」って言う人、いままで3人いたけど……
その時は私もものすごく心配して、
「死なないでほしい…自分の目の届くところで死なれたら嫌だから…頼む…」という
100%自己中な動機で、相手が生き続けることを願った。
いっそ死んだほうが、その時の相手にとっては楽だったかもしれないけど…
その3人、まだ誰も死んでません(笑) 
生きてたら、少しはマシになってきた、という話ばかり。
あんがい幸せなんじゃないのさ…私の流した涙をどうしてくれるのよ…(爆)
もー!!良かったね(^-^) って話もあった。
私はきっと、かりゆしの星を与えてもらっているんだと思う…ありがたい…m(_ _)m



だから、これから先どんなことがあっても、
「うひゃー、こんなに大変だったのか…(;^_^A」と思いはしても…
必ず、その場その場をクリアして、先に進んでみせます。
生き延びてみせる。
しかも、毎日楽しく、充実して、肩に力は入れすぎず、あんまり取り越し苦労せず、
体を動かすこと、回り道することもいとわないで。
与えてもらった人生の花を、めいっぱい咲かせてみせるよ!
私だけじゃないよ。
私が大好きな人たちは、みんな一緒に幸せになるんだよ!
そうじゃないと、私も幸せじゃないから。



ねえ、すごく前向きになったでしょう?
やっと、大人になれたのかな? ずいぶん時間かかりましたが…(;^_^A

だから、見ていてね(*^-^*) いつもそばにいてください…おばあ。
おばあがついてるから、なんにも怖くないよ!

なんくるないさ!
なんくるないさ!
なんくるないさ!



生きろ!!!!!!!! みんな生きよう! チバリヨー!!








  

Posted by 亜衣 at 03:38Comments(2)TrackBack(0)うむい(思い)

2006年10月01日

うっかりミスに注意!ちゃんと名前書かないと0点だよ?

……って、話をね、聞きましたもので…(;^_^A
「………そんな、くっだらないことで…長年の努力を水の泡にしちゃったのか…」とね、
もう、「ガクっ」ですよ…(爆)

受験時代、予備校の先生からさんざん言われていたなあ…

「いくら正しい答えを知っていても、それを答案に正しく書けなければ、得点にならない。
 自分の失点はライバルに点を与えることだよ。
 
 ちゃんと名前書いたか?
 受験番号書いたか?
 解答欄は、そこで合っているか?
 答え方は合っているか?
 書き間違い、計算の写し間違い、スペル間違い、誤字脱字はないか?
 採点者が誰であっても判別できる、ちゃんと読める文字を書いているか?

 ……ずっと君達を見てきた先生なら、
 「ああ、これはうっかりミスしただけで、本当は答えわかってるな。
  ○○だって答えたかったんだな」
 とわかってあげられるし評価してあげられるけど…
 これから君たちが勝負に出て行くところは、そうではない。
 ルールに従って解答できなければ、認められない。 
 
 それが世の中だよ。 だから、気をつけるんだよ。
 つまんないことで転ばないようにね」


………(笑)  はい、先生。 
受験勉強なんか大学に受かるだけのためかと思ってたけど、そうじゃなかった。
あなたは、勉強を通して、生き方や、ものの考え方も教えてくれたと思っていますよ。
校長先生で、英語教師で、サッカーが好きで、
謹厳実直&熱血教師のくせに、ちゃっかり教え子に手を出して若い奥さんもらっちゃった…
雷落とされると教室全体がビリビリッと緊張するくらいおっかないのに、
よく冗談も言うし、笑顔がキュートだった…
A先生。
あなたが私の恩師です。今はどうしていらっしゃるのかなあ…

合格の知らせに行った時、本当に喜んで、たくさん誉めてくれましたね。
「いいか、いまの気持ちを決してわすれるな。
 君は努力で、自分の目標を達成した。これは一生の宝だと思え。
 君はこれからも、自分が絶対にかなえたいと思う夢は、なんだって実現できる。
 それをわすれないで、頑張って生きていってくれよ」

はい。忘れていません。
先生のことはたまに忘れていたけど(爆)教えられたことは身についていますよ。
「単語なんか全部知らなくたっていいんだ。前後の文脈と、肯定内容か否定内容かで、
 相手が何を言いたいのか、大体の意味はわかるものなんだ」
これは、私の今の仕事の上で、もっっっのすごおく、役に立っています(笑)
受験勉強で実用的なことを教えてくれるいい先生は、他にもいらっしゃったと思います。
あんないい学校、どうしてなくなってしまったんでしょうね…
どこかに引越しされたんですか?
それとも、ターゲットを変更とか、なにか他のことを始められたのかもしれませんね。
なんにもしてないはずがありませんから。

…ちょっと、本気で探してみようかなあ(笑) 会いたくなりました。
会えなくても、先生の教えは私の中で生き続けるし、
私からまた誰かに伝えてあげたいと思います。

教育って大事ですね…… 一番、大事ですね……
教育者となる、教師、親、大人は、「何をこの子たちに教えるか」すごく責任重いし、
その分、遣り甲斐のある立場でしょうね。

私も、いいかげん、大人の年なんだから…しっかりしないとね(^-^)
うっかりミスは卒業です。やるべきことから逃げるのも。
  

Posted by 亜衣 at 13:38Comments(0)TrackBack(0)うむい(思い)

2006年10月01日

おお…クマノミ城だぁ♪

24wackyさんのサイトから、janjanに飛び、そこからさらにリンクをたどって…
見つけたのが、これ♪ 「大浦湾のクマノミ城」
私はカヌーの上から琢磨さんに、「あれだよ 今日はあんまり見えないかな」と言われただけ…
潜れませんから^^;

そっかー、潜ればこういうのが見られるのかあ(*^^*)
やっぱりダイビングできるようになりたいなあ…
「海が怖い、水が怖い」はまだまだあるけど、
それはこないだの従姉たちとのスパルタシュノーケリング(爆)で、まあ、なんとか克服^^;
あとはお金と休みの問題……う~む…それをどうやって捻出するかが問題です。
まあ、願っていればそのうち…なんくるないさ~ でしょう(笑)

他にも、「へえ~~~~」な写真やレポートが沢山ありますよ。
……すごいね。報告ありがとう! 気をつけてくださいね!
  

Posted by 亜衣 at 12:55Comments(0)TrackBack(0)自然